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側室の血

2011/08/23 00:03
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ただ一人を想う事・・・私は最初の結婚で、『優しい言葉』が
苦手になってしまったようだ。

元夫は、人当たりの良い、患者の話をよく聞く医者だった。
外来なども、どうしても時間が長くなってしまい
話を切り上げるのが大変だともらしていた。

インターンの時期、1年おきに関連病院を回る。
まるで、社宅のような環境もあった。
循環器内科だったこともあり、救急時すぐ来れるように
いつも、救急車の音が聞こえる範囲内に住まわされていた。
奥様たちの歓迎会、送別会と・・・幼稚園の送り迎え・・・
正直、大変な日々の方が多かった記憶がある。

それでも、6年付き合い結婚した元夫には、
深い絆を感じていた。

私にも、優しい言葉をかけてくれていた。

だから、浮気を知ったときの心の傷は・・深かった気がする。

私の『ただ一人』は、かなり昔からのような気がする。


尽くす事が好きで、好きな人の喜ぶ顔がみたい。
ここは・・・母親譲りかもしれない。

でも、母は、私のような淫乱なタイプではなく
どちらかと言うと、しっかりとした『母親』タイプ。

私は・・・何処から来たのだろうと・・・不安になる。

母方の祖母が、城主の側室だったと、親戚から子供の頃聞いた。
母に確かめたが『違う』と不快そうに答えた。

数年前、父が亡くなった時に・・・もう1度その話題が出た事もあって
母に尋ねた。

事実だった。女の子しか生まれなかったため、戻されてしまった・・と。

その後曾祖母は、結婚し男の子が生まれ、男の子は、私の祖父に当たる。

私には、城主の血は流れてはいないが・・・『側室』の血は、
しっかり流れてしまっているようだ。

母は、『側室』『妾』と言う、恥ずかしい話を封印したかったと話してくれた。
・・・そう・・・母は、コンプレックスを持っていたのかもしれない。

『側室』と言う影の存在に。
淫らな、性の奴隷のような・・・はしたない感覚を。

曾祖母は、母を1番かわいがり、曾祖母の名前を取って付けられたのは
他ならぬ母だったし、1枚だけ残っていた写真の曾祖母は
母によく似ていた。

愛しい存在と、軽蔑する存在が同じ人物の場合・・・・心は戸惑い
無意識に排除したがる。

母は、私に、今思えばとても厳しく躾をしていた。

『はしたない。』とは、よく口癖だった。

タバコも酒も殆どやらない。

短いスカートも、履かない。

足を開いて座らない。

口を開けたままにしない。

言葉遣い、髪の色、服の色、アクセサリー、装飾品、思い起こせば・・・


私が、中学の時『恭子ちゃんの前では、Hな話はしないようにしょう』と
『ぶりっ子』が流行った時代に『純情』と言われてしまったのは
当然だったかもしれない。

今考えると・・・とても、古風すぎる育て方をされてしまっていた。

今考えると・・・変な『女の子』だった。

でも・・すでにその頃私は、SM的な妄想を膨らませていた。


私の、性癖のルーツは・・・こんな事かもしれない。

必要以上の抑圧は・・・私をこんなにも変態で淫乱で、母の嫌いな
『はしたない』女にしてしまった。


私は、こんなふうに、いやらしいおっぱいに
洗濯バサミで挟まれたいと願う・・・そして
そんな画像を見て頂き、感じてしまう・・・こうなりました。

でも、これがもう一人の私で・・・側室の曾祖母の血が流れている。

困り果てた存在。

そして今は、愛しい彼の最下位性処理奴隷である。




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No title

なんというか興味深い、面白い話ですね。
母親は母親を見て、反面教師。
恭子さんは母親を見て、反面教師。
抑圧されると逆、逆、逆となるんですかね。



タケシ様

そのようですね。『反面教師』・・・そうかもしれませんし
もしかしたら、母自身の心の中までは・・・見えませんから。
私も、娘には、かなり厳しくしています。
表と裏とでも言うのでしょうか・・・。



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