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彼を自由に

2018/11/12 10:48
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彼にいつか会えるんじゃないかと・・・この頃は思っていた。

この頃は、ではなく、奴隷解放されるまで、思っていた。
2年は、長かったようで、今にして思えば、短い。



『恭子へ

毎日、LINE送ってくれてありがとう。
社長になって、更に時間の自由度がなくなり、
恭子の期待に応えられない状況だ。

今後も、忙しさは増す事はあれ、減る事は無さそうです。
もう2年も調教なしで今更言うのも、申し訳ないが、
一旦主従関係を解消しよう。

恭子のM女としての人生もそんなに長くはないと思われ、
これ以上期待を持たせるのは都合よくkeepしている感もあり、
恭子に対しても失礼と考える。

苦渋の決断であるが、奴隷解放とする。

都合の良いお願いですが、引き続き、
今後の私の人生を応援していてください。

長い間、本当にありがとう。


追伸、茶飲み友達の話、覚えているか?
その話は、有効だ。
また暇な人生になったら、お茶しょう

iPadから送信』



彼からのメール。

はじめ、彼からのライン通知に喜んだ私は、



『4月に社長になってから忙しさは、増す一方で、
これ以上調教は困難だ。
メールしたから読んでくれ。
メルアド変わってるかな。』


このラインを読み、意味がわからず、立ち尽くす私に、前の長いメールが届いた。


『ラインでも送れた。理解してくれるか?』

と。

読み終えた私は、
『了解しました』
とすぐに返信した。


自分でも良くわからない。
なぜすぐ、聞き分けよく返信できたのか。


『ここの所、ずっとはっきりさせなければと考えていたが、
忙しさにかまけていたのと、取り敢えずkeepしておけばという
卑怯な感情があったのは事実だ。
飲み友達の件も了解でいいのか?』

と彼のラインが続いた。



『長い間私を飼い続けてくださり
心から感謝しています。
これからも、F様の成功を影ながら応援しています。
何かご迷惑をかけるつもりもありません。
愛しい感情は、今も変わりません。』

と返信した。



彼からのラインを何度も読み返し、5分後私は、我に帰って


『会えなくても、調教頂けなくてもかまいません。
誰か新しい主は、考えられません。
F様に新しい奴隷がいるのでなければ、最下位においてください。』  と送った。


『それはダメだ』

『なぜ』

『中途半端はいやだ。
この10年他に奴隷はいなかった。
少し、仕事に集中するよ』・・・と彼。



『わかりました。待たれるのが、迷惑ですね』・・・と私。



『会社を背負うプレッシャーがあるのは事実。
SMに集中できない。』・・・と彼。

私は、彼の『この10年他に奴隷はいなかった』を読み

彼を解放すべきは、私なんだと気がついた。

彼を自由にしてあげるべきだと。




数ヵ月後の朝、NHKの朝のニュースで彼を見て
やっと泣く事ができた。

涙って、凍結されるものだと、初めて知った(笑

甘い鞭 恭子 回想録

2018/11/09 10:33
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私は、2年間彼を待つ間、今日の奴隷をひたすら送り続けた(笑)

彼の許可を受けて、貸し出し調教を受けたりもした。

少し、奴隷解放にいたるまでの私の記憶を・・・綴らせてください。

本当に、最終章になってしまいましたが・・・。

自分の中のマゾヒズム・・・そして、相反する、S女性的感情の芽生え。

いろいろなことを考え出しています。

普通の恋愛も、知りたい。

人を愛してみたい。



私に関わった、全ての方々に、敬意を表し、ご迷惑をかける事のないように
ブログを更新させていきたいと思っています。


『秘密を墓場まで』・・・・マイノリティーな、私たちに必要不可欠な事だと
自覚しています。

『甘い鞭 恭子 回想録』

何処まで書けるのか自信がありませんが・・・・最後まで書き続けたいと思っています。

奴隷解放

2018/11/09 10:20
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今年の夏、奴隷解放をお受けした。

2年間、彼は彼なりに、誠意を持って対応してくれた気がする。

キャンセルは、何回あったんだろう。


調教の日程が決まって、キャンセル。

さやか様の新しい店に行く予定が、キャンセル。

彼と思い出の場所での調教のキャンセル。

都内で会う事さえ難しい立場に彼はなっていった。
半分あきらめてもいたし、でも、もしかして、調教いただけるのではないかと言う・・・淡い期待もあった。

2年間彼を待ち続けた。

その事が、彼に負担を与えてしまい、私自身も、一杯一杯になってしまっていた。

やっと、もうすぐ、冬を迎えようとして、このブログを書く気持ちになれた。

『いったん、主従関係を解消しよう。

苦渋の選択だが、奴隷解放とする 』

と彼から、長いメールを頂いた。

その前の週、彼はラインの画像をすべてアルバムに保存してくれた。

私は、とてもうれしくて・・・はしゃいでいた(笑)


彼の気持ちを知る由もなかった。

先月、NHKの朝のニュースを見ながら、朝食を食べていた私は、
テレビの画面に彼を見つけ・・・・やっと、諦めがついた。


何年前だったろうか・・・彼が、役職が上がったとき 『身辺整理をするように』 言われ

『残酷だな・・・』と、私に笑いながら告げて、私は、泣きながら帰った事があった。

本当は、あの時、お別れすべきだった。

彼の立場を考え、身を引くべきだった。

表情・・・

2017/08/06 00:36
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調教の後、彼はミストレスで私をさやか様に委ねた。
さやか様の甘い香り、きれいな指先・・・・

S女性に、こんなに心を許せる存在は、さやか様しか知らない。

M女性にとって、主様(男性の場合)と同格の女性の存在は
なかなか受け入れられないものがあった。

私だけかもしれないが(笑)


初めは、彼と同じS性を持ったさやか様に魅力を感じながらも
彼とさやか様が、意気投合する場面を見るたび、何処か取り残されたような・・・気持ちになった。


会話に混ざる事が出来なくて・・彼と対等に話すさやか様に
嫉妬を感じていた。

そんな、卑屈な私を、蔑むでもなく・・・また、ご機嫌取りするでもなく・・・
自然に彼との会話に入れてくれた。

『恭子は、最下位なんだから、ソファーに座るな』 と彼に言われ
ソファーの脇に、正座させられたり・・・

彼とさやか様の談笑を、切ない思いで聞いていたりした。

きっと・・・そんな時の私は、奴隷ではなく・・・ただの『女』になっていた。

女性の嫌な部分・・・。

勝ち負け・・・だったり、『私だけ』を欲しがったり・・・・。

そんな時、必ずといって・・・彼は、私にやさしくしてくれることはなかった。

叱責されたり、他の女性の話を興味深そうに話し続けたり・・・。

それでも、彼の傍に居られる事は、何物にも変えがたい。

どんな扱いを受けても・・・彼が愛しくて、自分でもどうする事も出来ない。

でも・・心の何処かで、自分のプライドのような、ほんの少しだけ残った 『プライドの欠片』 のようなものが
残ったままだったりする。

切なく苦しい感情だ。


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切なく苦しい感情でいっぱいいっぱいになった時・・・私は・・こんな風な笑い方をしてしまう。

泣いてしまいたいのだけれど・・・泣いてはいけない様な・・・
『楽しくしなくちゃ・・・』的な・・・

ミストレスから帰る時、私と彼は時間差で階段を下りる。

彼が先に階段を降り始め・・・私は、彼の姿を目で追う。

また・・・長い放置プレイの始まり・・・。




『キスしてかなったです』  思いもよらない事を口走っていた・・私。

何を言っても、軽く手を振り・・・もしくは、そのまま、振り返りさえせずに彼の姿が消える。

いつもの事。彼曰く・・・・『慣れたもの』・・・。


彼は、振り返り立ち止まった。



『今日は、キス頂いていませんでした』と・・・往生際の悪い私は話し続けた。

怒られる・・・スルーされる・・・と自己嫌悪で一杯の私は・・・例の表情をした。



『仕方がないな』・・・・と彼は、階段越しに唇が触れるか触れないかのキスをくれた。

彼のアナルを舐め、彼の精子を飲み、セックスをしても・・・・
彼の『キス』は・・・奴隷には中々、手が届かなかったりする。

『奴隷には』・・・ではなく・・・私には(笑)・・・


お利口して・・・待てる事

2017/08/02 17:36
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待つ事・・・は、いつか、会えるから・・・待つ事が出来るのか・・
待っていたとしても会えないかもしれないけれど・・・待ち続けられるのか・・・

私は、前者の・・・会えるから・・・待っていた。
会えないなら・・・別の何かを考えなければ・・・というスタンスだった。

『主』 様が全てである筈なのに・・・都合がつかない 『主』 様を、他の何かに置き換える事が
可能だと思っていた。


『SMの禁断症状』・・・『もう限界です』・・・という言葉を彼に伝えたりしていた。

確かに、数ヶ月の放置や、何度かのキャンセルは、とてもこたえた。

彼を愛しく思う気持ちが強ければ強いほど、待つ時間がとても長く
やっと、次の調教日程が決まり、心浮かれた後のキャンセルは・・・・いい年をして・・涙がこみ上げたりもした。

1年前のブログを読み返しても、彼以外で気持ちを紛らせようとしたり
新しく恋をしてみたいと・・・アシュレイのサイトを彷徨ってみたり・・・
相変わらず情けない私がいた。

『これから、深夜便でサンフランシスコへ』
23時ごろメールが来る。

『会いたい』
と返信する。

『そのうちな』 
と一言。

彼がスルーするでもなく、優しい言葉を下さると・・・必死になって
『会えなくても大丈夫です。こうしてお話できるだけで十分感謝しています』
と心にもない言葉・・・を書き急ぐ。

負担に想われたくなくて・・・かも。
もしかしたら、無理強いしなかったら
彼が会う時間を作って下さるのではないかと・・・浅はかな考えがよぎるからかもしれない(笑)

とにかく、彼に気持ちを伝えたくて、急いでメールする。

『もう、出発。』

そこから・・・確実に帰国するまでは会えないだろう時間が・・来る。

『もしかしたら・・・急に連絡が来るんじやないか・・・』と
お座りをして、『待て』している忠犬が・・・トボトボ犬小屋に戻るような感じ。

ほんの少しの・・・緊張しない時間。
少しだらけてしまう時間。

ブログを休んでいた1年間は、彼の海外出張が・・月に何度もあり
私は、ネットや、彼から送られてくる画像で・・・彼を見る事しか出来なくなった。

彼は、その中で、何度か時間を作ってくれようとしたが・・・キャンセルになる事が多く
私は、少しずつ、少しずつ・・・あきらめていけるように努力した。

『あきらめる』
『忘れる』
『消し去る』
『置き換える』

は・・・出来るはずもなく・・・彼を 『待つ』 意味が・・・別なものになっていった。

会えなくても・・・主様しかいない。

会えなくても、待ち続けられるようになってきた。

マゾヒズムの自虐嗜好に、火がついたのかも(笑)


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彼は、私がギブアップ寸前でいつも手を打ってくれる。

サディストならでの、もって生まれた才能なのか・・・ギリギリのところで
手を差し伸べてくれる。


長くなってしまったが・・・こんな感じで私は、空白の1年を乗り越えた。

彼との11年目は・・また、1から始まったような気持ち。